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川口正峰撮影

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川口正峰撮影

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仮想空間〈U〉の人気歌手、ベル(C)2021 スタジオ地図

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母の死後、歌うことができなくなってしまった女子高校生、すず(C)2021 スタジオ地図

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撮影・神藤剛

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竜とベルのシーンは「美女と野獣」へのオマージュがちりばめられている(C)2021 スタジオ地図

 中村佳穂というシンガー・ソングライターをご存じですか? 大学時代から始めたライブ活動が話題を呼び、ジャンルにとらわれない自由な楽曲で「天才」と評判の29歳。間違いなく令和の注目株です。細田守監督の最新作、映画「竜とそばかすの姫」では、ヒロイン・すず/ベルの声を務めます。映画への意気込みや音楽への思いを聞きました。コメントからあふれ出る“佳穂節”とともに楽しんでください。(文化部 田上拓明)

幼稚園で「歌手か絵描きのどっちかに」

 中村佳穂さんのライブは、トークからふわっとシームレスに音楽の世界に導いてくれる心地良さが魅力の一つ。曲調も一曲一曲表情を変え、ポップス、ジャズなど容易に分類できません。

 「音楽を聴くとき、ジャズです! とかではなく、『テッチテッチ♪』っていうものを聴いている感じ。どれもフラットに聞いていたので、ジャンルについて考えたことがなかったんですよ。だから、良いなと思ったものを作っているだけなんです」

 これまでの楽曲は「ジャパンのポップだ」と、ひとまずJ―POPの棚にCDを置いていますが、お店によっては、ジャズやネオソウルの棚に置かれていることもあるそうです。でも、「どこに置かれても良い。ジャンルは“歌”です」。

 目指す方向が定まったのは、なんと幼稚園の頃。「歌も絵もとっても好きな人間で、好きすぎて、歌手か絵描きどっちかの職業になると思っていました」

 お母さんの影響も大きいそう。佳穂さんが幼い頃から、家ではいつも音楽が流れていたと言います。「今でも、最新のミュージシャンから、世界中の、例えばアフリカの歌手まで『知ってる?』って電話してきます。そのくらい音楽のファンです」

 人生の転機となったのは、絵か音楽か、その決断をした大学受験のタイミング。高校3年間、毎日ずっと悩んでいたそう。一度は「美大で絵を描きながら音楽活動をする」と決め、美大にも合格。が、キャンバスを前に油絵を描いていると「悲しくないはずなのに、なぜか泣けてくるんです」。

 親友から「佳穂は音楽がやりたいんだよ」と背中を押してもらうと、「涙が止まってイエーイ!」。入学を辞退し、1年かけて大学を選び直しました。

大学2年で年間ステージ150回…鼻歌から生まれる楽曲

 大学入学後、いよいよ音楽活動! とは言っても、何をしたらいいのか。

 “グーグル先生”が助っ人でした。まず「音楽 始め方」と検索。「まず、ライブハウスというものがあるんだと知り、キーボードを背負って、ライブハウスのドアをドンドンドンとたたきました」

 さらに音楽活動を始めて間もない頃、父親が「音楽 オーディション」と検索。「これを受けて第一関門すら通らなかったら才能がない。目指すのをやめてくれ」と告げられます。負けじと佳穂さんも「オーディション」と検索。「オリジナル曲というものがあるのか。カバー曲だと落ちるかも」と作曲を始めたそう。

 ただ、そこからの過程が「天才」と言われる由縁でしょうか。「曲作りは絵を描くのと同じで、結構自然にできました」とほほえみます。「機嫌が良いとふふふ~ん♪って鼻歌が出てくるんですけど、それを気負わずに録音しておくんです。ふと聞き返し『ああ良い曲』と思ったら作るんです」

 驚くなかれ、その鼻歌には曲だけでなく、歌詞も付いているそう。まさに音楽の泉がこんこんと湧いているかのようです。

 ライブが話題を呼び、大学2年生の頃には年間約150回ステージに上がり、CD約3000枚を販売。その後も活躍の幅はどんどん広がっています。「ライブは遠足みたいなもの。一生懸命準備するんですけど、始まったら何も考えずにやると決めているんです」

 楽しんで音を出す。まさに「音楽」を体現しているようです。

 歌を通じて伝えたいことはありますか?

 「基本的には、ないです」と前置きして、続けます。「でも、何か新しいことを始めるときに『バカにされるんじゃないか』とか『ダサいって言われたらどうしよう』とか思う気持ちは、いったん隅に置いておいて、とりあえず、好きなようにやってほしい。そういう気持ちで演奏しています」

こだわりの「かわいい」

 「かわいい」――。物語の冒頭に、すずが語ります。「誰に向けて言ったのか、もしかしたらうっかり心から出ちゃったのか。いまいち分からなかった」

 声優初挑戦の佳穂さんが、試行錯誤の日々を振り返ります。レコーディング期間中は、「お風呂」がもう一つのスタジオに。お茶の間で見ている感覚になるため、動画を自宅に持ち帰り、冷静にお風呂で見返したそう。「かわいい!」「かわいい……」と様々な言い方を試して生まれたその一言。どうぞ、注目してください。

 すずが仮想空間で作り出した分身ベルは、世界中で人気の歌手。「何から練習していいのか分からなかったので、ベルの時はヒールの高いパンプス、すずの時にはなるべく低い靴を履いて、服装に手伝ってもらいながら演じ分けました」

 歌は物語の鍵になります。ベルは50億人の注目を浴びながら歌を披露することも。「私の経験では、最大5000人が想像の限界ですが、そこまで多いと、逆に気にせず歌える気がします。むしろ2~3人の前で歌う方が、全員の表情が分かってしまうので『あぁ、つまんなそっ!』とか『飽きてるな~』とか、見えちゃうんですよ」。あっけらかんと笑います。

 細田監督は、映画が決まる前にライブに来てくれたこともあるそうで、作品を通じて、ライブの感想をもらった気持ちだと言います。

 「音楽っていうのは、素敵すてきだねって。こんな時ですが、ライブに行ったような気持ちで見てもらえれば」

「歌から愛されている」…細田守監督

 中村さんの歌はやっぱり特別。世の中に歌がうまい人、表現力を持った人はたくさんいると思うが、中村さんが特別なのは、歌を大事にしていて、歌からも愛されているということ。歌との距離が近い。そういった意味で唯一無二な人。日本語が分からない人に聴かせても良い歌だと伝わる特別な力だと思います。

影響受けた音楽…全てYouTubeで

 小さい頃から常に音楽に囲まれて生きてきた中村佳穂さん。特に影響を受けた音楽を三つ聞きました。全て「YouTube」で聴いていたそうです。

■アル・ジャロウ「Take Five」 (米国のジャズ歌手)「すごく好きです。高校生の頃聴いて、衝撃を受けていました。さらーっと入っていくシームレスなライブは、彼の動画に影響を受けています」

■フレッド・アステア (ミュージカル映画で活躍した米国の俳優。タップダンスも有名)「高校生の頃、結婚したいと思っていました。好きです」

■NPR Music (ライブを配信している米国のラジオ局)「世界中のミュージシャンがマイク一本でラジオ局の狭いところで歌っている。有名無名問わず面白い人がたくさん出演しています。これから音楽始める人にオススメです。今でもいつも見ていて、いつか私も出てみたいです」

◆なかむら・かほ 1992年5月26日生まれ、京都府出身の音楽家。20歳の頃から本格的な音楽活動をスタートさせ、2018年11月にリリースしたアルバム「AINOU」も話題を呼んだ。ソロ、デュオ、バンドなど、様々な形で幅広く活躍している。

ネットの「美女と野獣」…「竜とそばかすの姫」

 「時をかける少女」「サマーウォーズ」「バケモノの子」などで知られるアニメーション映画監督・細田守の最新作。細田監督らが設立した制作会社「スタジオ地図」も10周年を迎える。

 高知の女子高生・すずは幼い頃に母を事故で亡くし、父と2人暮らし。母と歌うことが好きだったが、母の死をきっかけに歌うことができなくなってしまった。

 そんなすずが出会ったのが、全世界で50億人以上が集うインターネット上の仮想世界〈U〉。ベルと名付けた自身の分身は、自然に歌うことができ、歌姫として世界中の人気者に。仮想空間で乱暴を働く「竜」と出会い、2人は互いの存在を意識するようになる。

 「美女と野獣」の物語を「インターネット空間でやったらどうなるか」(細田監督)というのが、発想の原点。同作へのオマージュもちりばめられている。キャラクターデザインは「アナと雪の女王」などを手がけたジン・キムら。世界中のクリエイターが集結した。作画監督は青山浩行。声の出演は、中村佳穂、佐藤健、成田凌、染谷将太、玉城ティナ、幾田りら他。16日公開。