いつもふざけたことばかりやっている夫婦、南伸坊・文子夫妻。第2回目は2人の慣れ初めというか、文子さんが美学校に通っていた頃のお話です。
※南さんが美学校の赤瀬川原平教室の生徒だった頃の話は、web magazine「あき地」で南さんが連載している「私のイラストレーション史」に書かれています。すごく面白いですよ。
http://www.akishobo.com/akichi/
最初、嫌な感じだった
美子 南さんが文子さんと出会ったのは、美学校(1969年に現代思潮社によって設立。赤瀬川原平、木村恒久、鈴木清順、澁澤龍彦、松山俊太郎……といったユニークな講師陣で知られる)ですよね。文子さんは生徒で、南さん...
ジャンル
男と女
いつもふざけたことばかりやっている夫婦、南伸坊・文子夫妻。第2回目は2人の慣れ初めというか、文子さんが美学校に通っていた頃のお話です。
※南さんが美学校の赤瀬川原平教室の生徒だった頃の話は、web magazine「あき地」で南さんが連載している「私のイラストレーション史」に書かれています。すごく面白いですよ。
http://www.akishobo.com/akichi/
最初、嫌な感じだった
美子 南さんが文子さんと出会ったのは、美学校(1969年に現代思潮社によって設立。赤瀬川原平、木村恒久、鈴木清順、澁澤龍彦、松山俊太郎……といったユニークな講師陣で知られる)ですよね。文子さんは生徒で、南さんはもう卒業していて、赤瀬川(原平)さんの教室の研究生をしてたんですか?
南 もう生徒ではなくて、青林堂(『ガロ』の編集部)にいたわけ。美学校とは近所だから、ナベゾと一緒によく授業の日に遊びに行ってたんだよね。
美子 じゃあ、別に研究生とかでもなくて、ただ赤瀬川さんのところに遊びに行く?
南 授業があると必ず行く、ぐらいに行ってたんです。
美子 授業には出てたんですか?
南 授業の途中から宴会になるんだけど、その宴会に行ってたんです。それで、文ちゃんとは1回会ってたんだけど、オレは顔を覚えてなくて。
文子 覚えられてないんだよね。
南 赤瀬川さんのクラスの生徒は、青林堂の本が8掛け(2割引き)で買えるっていう、社員割引みたいになってたわけ。だけど、そんなにはっきり決めてたわけじゃないみたいで、長井さん(青林堂社長の長井勝一さん)と赤瀬川さんとの間で、「生徒で青林堂の本が欲しいって言ったら、買いに来ていいよ」みたいなことになってたらしいんだ。オレはそれあんまりよく知らなかったんだけど、この人(文子さん)が買いに来て、長井さんが「美学校の生徒だって言ってるけど、本当にそうなのか?」ってオレに聞いたんだよね。それで、チラッと見て「そうなんじゃないですか?」って言ったらしいんだよ。
美子 冷たい返事だった(笑)。
南 覚えてないから。
美子 1人で来たの?
文子 前の週に同じクラスの子が、つげ(義春)さんの豪華本、3,000円ぐらいする本が2掛けだから、うれしいじゃないって。
南 2掛けじゃない、8掛け。
文子 あ、8掛けか。8掛けだから、じゃあ私も買いに行こうと思って、次の週に買いに行ったら、長井さんが「南君、あの人美学校の生徒だっていうけど、どうなの?」みたいなことを南に言って、南がチラッとこっちを見て、「いいんじゃないですか?」って。
美子 投げやりな冷たい態度ですね(笑)。第一印象は冷たい?
文子 疑われたかなって。
南 嫌な感じだったらしいね(笑)。
文子 嫌な感じで。その日が土曜日で、授業がある日だったんですよ。授業やってたら、あとから南が来て「あ、さっきの」みたいなことを言うんだけど、何を今さらみたいな(笑)。
南 その前に一度会ってるっていうのがなければ、そういうことないわけでしょ。
文子 その前も会ってんだけど、大勢いるから。
美子 生徒のほうがね。
文子 覚えてないのはしようがないんだけど、なんか疑われたかなって。美学校の生徒とか言ってるけどって。
南 その話、ときどきするんだよ。
文子 いやいや、すごい久しぶりじゃん。
南 久しぶりだけどね。
文子 何十年ぶりかに言いました。だって、38年、39年とかそのぐらい前の話だよ。もうすぐ結婚して37年だから。
南 そうだね。
美子 じゃあ、そんなに印象が悪かったんだ、最初は。
文子 悪かったっていうほどじゃないけど、まあ大げさに言えばね。
南 オレはそんなに印象悪いって思ってないわけよ。だから、「ああ、今日青林堂に来た人じゃない?」っていう感じで、そばに行こうとするとどいちゃったりするんだよね(笑)。
バットを放り投げる
美子 じゃあ、仲良くなるきっかけは? こういう普通なことは聞かないでおこうねって言ってたんだけど。
文子 たまたま帰る方向が同じだった。
南 そうだ、そうだった。
文子 美学校から水道橋の駅に行って、みんな中央線の国立とか、あっちの方面に帰る人がほとんどだったんだよね。
末井 赤瀬川さんが帰る方向。
文子 千葉方向に帰るのは、私と南だけで。私は松戸に住んでて、南は亀戸。
美子 亀戸にいらしたんですか。
文子 だから秋葉原ぐらいまでは一緒で。
美子 総武線に乗って。
文子 そうそう、総武線でみんなと反対方向に。
南 水道橋から、水道橋の次はお茶の水だよね。で、秋葉原。
文子 そうか。駅3つぐらいか。もう1人女の子いたんだけど、途中で来なくなっちゃったのかな。劇団かなんかに入っている女の子がいたんだけど。それで最初は3人ぐらいでいつも帰ってたのが、その子がだんだん来なくなっちゃって、そっち方向は2人だけになった。ホームの向こうは大勢いるんだけど、こっちは2人だけみたいな感じで。
南 そうだね。それで、そんなに冷たくもないっていうことが分かったんじゃない。
末井 その後、どうなったの?
文子 わりと、面白いツボとかが合ってたのかな。話のツボとかが。
南 オレがおやって思ったのは、美学校のクラスのみんなと野球をやってたんだよ。女の子は、女の子っぽくするっていうアピールがあるじゃない。この人はそれは嫌いなんだよね。思いっきり振ったりとかするんだよ。
美子 野球、女の子もやるんだ。
南 うん、一緒に。ソフトボールがあったんだよ。その思いっきり具合が、打ってからバットをバーンと放り投げるっていうか、打ったまんま放り投げちゃうっていう感じで、「あぶねーな」とかみんなに言われてた。それが結構気に入っちゃった。
末井 それは美学校の人達で?
南 そう。美学校のクラスでね。
美子 バットを放り投げる?
文子 打ち方よく分かんなかったんだろうね。打った後、どうするかっていうのが。
末井 打つときに投げるもんだと思ってた(笑)。
文子 打ったら放すと思ったんじゃない。
赤瀬川原平さんが好きで美学校へ
南 みんなで話したりなんかしているときも、最初から冗談とかは好きだったんじゃないかと思ったけど。
文子 でも、美学校に行くってことで、かなり絞られるわけじゃない、好みって。それで、赤瀬川さんが好きでとかっていうと、また絞られるじゃないですか、好みが。
美子 文子さんはもう最初から赤瀬川さんが好きで、美学校に行くことにした?
文子 そうそう。
美子 そうなんだ。赤瀬川さんの何が好きだったの?
南 漫画読んでたんだよね。
文子 漫画読んで、えっ、こんなふうに書く人がいるんだっていうふうな、もっと知りたいなって思ったときに、美学校の案内が『ガロ』の後ろのほうに載ってたんだよね。
南 『ガロ』で連載してたんだよね、赤瀬川さん。
文子 それで美学校に行くようになったんだけど、赤瀬川さんのことを知りたいと思って行っただけなんで。だから『ガロ』は読んでたから、『ガロ』の南さんだっていうことは知ってた。
美子 じゃあ、もうそのとき南さんはイラストとかは『ガロ』に描いてたの?
南 いや、一応編集者だから、自分の名前で出すっていう感じではなかったんですけどね。後ろのほうで、先生方のゴシップ欄っていうのがあって、どういうことがあったみたいなことを書いたりとかはしてたね。アルバイトでイラストの仕事とかはしてたけど、それは普通の人は知らないかもね。最初、赤瀬川さんの奥さんになった尚子さんと同じクラスになるはずだったっていうか、申し込みをしたんだって。そしたらもういっぱいで、あのときは結構人数が多かったんだよね。それで1年待ったんでしょ。
文子 定員が多分20人ぐらいで。
美子 文子さんが1年待った?
文子 うん。
美子 そうなんだ。
文子 申し込みをするのが遅くて、「もう今年はいっぱいですから、来年申し込んでください」って言われて。次の年にまた申し込んで、そしたら入れたんだけど、別に試験があるわけじゃなくて、定員オーバーで入れなかっただけだったんだけど。
末井 文子さんは美学校へ行って、何をしようと思ってたの。
文子 何しようとかっていうんじゃないんですよね。
末井 ただ興味があるから。
文子 うん、興味があるから、ここに行ったほうがいいんじゃないかなとか、ここに行くとなんか面白そうなことがあるんじゃないかなって。千葉の田舎で、何もなくて。
美子 聞いたことあるのが、高校で草刈り鎌持っていって、草を刈ってたって。
文子 高校じゃなくて、中学校。
美子 鎌を持って草を刈るって。あの話が印象的で。
文子 年に何回か、みんなで校庭の草を刈ったりする日があって、農家の人とかが多いから、みんな鎌なんてうちに必ずありますよね。みんな研いでから持っていくわけよ。
南 研いで。いいね、中学生で(笑)。
文子 あとだるまストーブにくべる薪を持っていく当番っていうのもあったよ。
美子 家から。
文子 各自薪を持参。
末井 薪は自分とこの薪を少しずつ持っていくの?
文子 石炭は学校にあるじゃないですか。それまでの火ですね。火種の次が薪。そんなことよく覚えてる。なんでか知らないけど、美学校に行ったほうがいいって思って、1年間も待ってよく行ったなと思うんですけど。
南 そうだよね。
文子 しかも、あのころ結構学費が高くて。
南 オレたちが行ってるときは安かったんだよ。
文子 だって、40年ぐらい前で、1年間で20万ぐらいだよ、高いでしょ。
末井 ボクが行ってたとき(1975年)とあんまり変わらないかもしれない。26のときに行ったから、42年前なんですけどね。
南 西暦でいうと、1900何年?
末井 1975年。
南 そうか。僕らが行ったのは、69年と70年だから。69年に始まって、そのときは現代思潮社がお金あったから、7万とか、14万とか、そんなんだった。14万じゃないかな、とにかく安かったんです。
末井 20万以上したと思います。当時の20万だから、今の60万ぐらい?
南 高いよね。徐々に上がってったんだろうね。
アートにーちゃん
末井 観察眼のことで言うと、文子さんはカツラを見破るのが鋭いというか。
南 あれはわりと普遍的な、女の人が好きっていうか。
末井 ○○知事はどうですか。どうも不自然に見えるんですけど。
文子 どうなんだろうね。
南 怪しいと思わないの?
文子 うーん。
美子 専門家がそんなに怪しいと見てないっていうことは…。
文子 っていうか、きっと興味ないんだよね、あの人に。
南 あれはカツラでしょう。
文子 カツラだけど、別に。
南 面白くない?
文子 そうそう。あの人のカツラを騒いでも、面白いものが出てきそうにない感じ。
美子 じゃあ歌手で映画にも出ている○○○○は?
文子 えっ?
美子 あの人、カツラ説あるじゃない?
末井 もともと自分で頭の上が薄くなって、ハゲてるっていうのをブログで書いたらしいんだ。それを読んだ人がいて。でもそれはすぐ消されたみたいだけど。
文子 植毛かもしれないし。
美子 植毛はいいんですか?
文子 いいんですかって、別にいいも悪いも(笑)。カツラは悪いって言ってるわけじゃないから。
南 女の人が好きだっていうのは、どうしてかね。カツラについては。
文子 女の人、カツラかどうか見分けたりするの?
南 もうほとんど例外なく好きだと思うよ。
美子 そうですか。みんなそういう話題?
南 美子ちゃんが違うのかな。
美子 いや、だからカツラだなっていうのはチェックしますよ。それをすごく精査してとか、そこまではしないけど。
南 精査して、盛り土しちゃうみたいな(笑)。
美子 高校のときに修学旅行でついてくれたコーディネーターみたいな男の人が、昔のカツラだからすごく質が悪くて、もう糊が見えてる。そうするとみんなで「アートにーちゃん」とか呼んじゃって、残酷っていうか。
南 アートにーちゃん(笑)。
南伸坊 1947年6月、東京生まれ。イラストレーター、装丁デザイナー、エッセイスト。第29回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。著書に『笑う写真』『ぼくのコドモ時間』(ちくま文庫)、『笑う茶碗』(第4回京都水無月大賞受賞、筑摩書房→ちくま文庫)、『本人遺産』(文藝春秋)など多数。
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男と女